カテゴリー「!政治」の19件の記事

2017年6月 3日 (土)

加計学園問題の本質論は、四国に獣医学部を新設することの是非ではないのか

いやもう本当に前川元次官の言うことを信じて大騒ぎしているマスコミや民進党はどうかしていると思う。

規制緩和は、役人の既得権益も脅かされるから官僚が反対するのは当然。それを打破するために官邸や内閣府が省庁に圧力をかけるのも当然。それは「行政を歪める」ことではなく、「行政を正そうとしている」だけで、収賄がない限り、何の問題もない。こういう政府と官僚のせめぎ合いは、時には政府が勝ち、時には官僚が勝つ。今回の戦略特区に関しては官僚が負けて、彼は負け犬の遠吠えをしているだけ

そもそも、この男は禁止されている天下りの斡旋をしてクビになった人物。それでも8000万円も退職金をもらったのに、その腹いせに今になって政府批判をしているだけ。天下り斡旋こそ「行政を歪めた」国民への背信行為であり、それを棚に上げておいて再び表舞台に出てきて堂々と政府批判するのは厚顔無恥と言う他ないし、そんな人物を担ぎ上げる野党やマスコミの倫理観はダブルスタンダードだ。

出会い系バーに通っていたことも、もし反対の立場で政府関係者だったらそれこそ辞任要求だ任命責任だということになるのに、「調査だった」などという子供でも騙せないような嘘には目をつぶる。こんな男が信用に値するというのか

しかし前川のことは本質論ではないからどうでもいい。

加計学園問題で一番大事な「本質論」は、四国に獣医学部を作ることが正しいことかどうかということだ。そのことが政策判断として間違っていて、国民の不利益になるという議論は、野党からもマスコミからも全く聞かれない。実態はむしろ逆で、自治体や現地の畜産農家は獣医師不足を10年以上前から訴えているにも関わらず、「獣医師は足りている」と言ってそれを黙殺してきたのは獣医師会とそれと結託している農水省・文科省だ。

その本質論をそっちのけで、理事長と総理が友達だということだけで陰謀説を展開し、政権批判と政局の道具として利用しようとしているだけ。こんなのは三流の政治、三流のジャーナリズムだ。

獣医学部が全くない地域に学部新設しようとする政府と、52年間も獣医学部の新設を阻止してきた獣医師会&文科省とそれを政局に利用としている民進党で、どちらが国民のことを考えているのか、答えは明白だ。

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2017年5月27日 (土)

森友の次は加計学園、もううんざりだ

森友の次は加計学園か。もううんざりだ。違法性があるなら検察に任せればいい。違法性がないならいくら議論しても水掛論だ。森友問題の時も書いたけれど、国会はワイドショーでなくて「国政」を議論する場だ。マスコミもこの話題を煽るなと言いたい。

一番重要なポイントは、獣医学部が一つもなく、獣医が不足していると言われている四国地方に獣医学部を新設することが国民の利害に反する背信行為かどうかだ。もしそうでないならば、仮に官邸の圧力があったとしても、収賄がない限り何の問題もない。

獣医師会と官僚と族議員によって、現職獣医の既得権益を守るために獣医学部の新設は52年間も阻止されてきた。その規制に風穴を開けるための特区だから、所管省庁や権利団体の抵抗を打破するために官邸や内閣府から少々の圧力はあって当然だろう。

政府はもともと全国レベルで特区申請があれば認める方針だったのに、「獣医師の数は足りている」と主張する獣医師会と農水省・文科省の強い抵抗に合って、「広域的に獣医学部が存在しない地域一カ所に限り新設を認める」というところに落ち着いた。その結果、手を上げた京都産業大学は大阪に獣医学部があるから却下され、下の地図を見てもわかるように獣医学部が一つもない四国の加計学園だけが認可されたのだ。

この結果として新設を認められた加計学園の理事長が総理の友人だから野党は「最初から加計学園ありき」だったのではないかという陰謀説を描こうとしているが、この経緯を見ればむしろ加計学園一校になったのは獣医師会のせいでもある。

もしこの騒動によって加計学園の認可が取り消しになったら、一番喜ぶのは獣医師会であり、父親が獣医師会副会長で弟も獣医師であり、獣医師会から献金をもらっている民進党の玉木議員だろう。彼の方が、はるかに特定団体を利する行為を行っていて、国民の利害に反することをやっているのではないか。

Afr1705250036p1

(「ダイヤモンド・オンラインより)

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2017年3月 9日 (木)

森友問題の過熱報道にうんざり

森友学園は確かに問題だ。次から次へと疑惑が出てくる。よくこんなデタラメがまかり通るなと、騙される行政に対しても腹立たしい。野次馬根性を刺激するスキャンダルねた満載だからマスコミがこぞって扱うのは仕方がないかもしれない。

だけど、これだけは言わなければならない。これは開催すると1日3億円かかる国会で議論すべき内容ではない。国会とは、数千億円・数兆円規模の国策や予算を審議する場だ。違法性があるなら行政と検察で粛々と調査追求すればいいだけのこと。国会はいちいちマスコミで話題になっていることを下請けする機関ではないのに、今やそれに成り下がっている。

国会は裁判所で言えば最高裁にあたる。憲法判断や重大事件しか扱わない。森友問題は、地裁レベルの事件を最高裁で審議しているようなものだ。民間企業だって、取締役会で決裁するのは何億円以上と決まっている。国会で扱う議題と扱わない議題の基準を設けるべきだ。

言いたいことは、日本には今、景気対策、財政再建、消費増税、安全保障、通商政策、社会保障、福島・熊本の復興対策、原発・エネルギー政策、待機児童問題、対米・対中・対韓国・対北朝鮮政策など、数兆円規模で国民の将来に関わる、はるかに重要な問題が山積している。

森友問題にこんなに時間を割くことによって、これらの問題が置き去りにされている。野党よ、それでいいのか。マスコミの洪水のような報道によって、このローカルな一事件が、あたかも国家国民にとっての一大事かのように勘違いされている。これが著しくバランス感覚を欠いていることに誰も気付かないことが嘆かわしい。

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2016年6月25日 (土)

護憲派の皆さん、こんな憲法改正でも反対ですか?

憲法論争になると、「平和憲法は素晴らしいからとにかく変える必要がない」という思考停止した護憲派と、アメリカに言いなりの軍事強化をしたいタカ派に二分されている。自分は、憲法のあいまいさと拡大解釈を防ぐために、憲法は改正すべきだと思っている。ただし、集団的自衛権を含め、現在の安倍自民党が考えているものとは違う。

まともに憲法9条を読んだら、

「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」

と明記されているのだから、自衛隊自体が違憲で、日本は本来、非武装でなければならない。だから、厳格に憲法を守って立憲主義を追求するのであれば、自衛隊は解体しなければならない。昔は大真面目にそう主張する人も多かったけれど、最近では共産党でもあからさまに自衛隊の存在は否定しなくなった。

では現在どういうロジックで自衛隊が正当化されているのかと言うと、野党やマスコミを含めて、「憲法は、自衛権までは否定していない(肯定もしていないけれど)*。自衛のための必要最小限度の武力保持は、9条の例外として許容される」という詭弁とこじつけを信じることにして黙認しているというのが実態だ。

つまり、「今さら自衛隊を解体することは現実的ではないから、いいことにしようよ」と現状に合わせて「都合のいいように憲法を解釈」しているのだ。自衛隊を容認している時点で、すでに立憲主義は破綻しているのだ。このように現状に合わせて都合のいい解釈をしたり、例外を許容したりするゆるさこそが、今の憲法の危うさなのだ。その最もいい例が、護憲派はもちろん改憲派までも「戦争法案」として大反対している、通称安保法案だ。

自衛隊の個別的自衛権を認めていること自体が憲法の拡大解釈なのだけど、「集団的自衛権はいくらなんでも拡大解釈が過ぎる」と自民党が選んだ憲法学者でさえも全員が違憲だと主張したにも関わらず、 安全保障関連法は通ってしまった。

つまり、「どっちにも解釈できるよね。だから国会で多数決で決めちゃえばいいよね。俺たち過半数持ってるし。」ということで決まってしまった。このように、憲法を改正してきちんと「自衛権」の中に含まれることと含まれないことを定義しない限り、今回の安全保障関連法のように、法案レベルで何でもできてしまうのだ。

護憲派の皆さん、こんな憲法改正でも反対ですか?

・自衛(自国の領土・領海・領空の防衛)のために陸海空軍の戦力を持つことを認める
・徴兵制は認めない
・核兵器および自国領界を超えて他国を攻撃するミサイル等の戦略兵器の保有は認めない
・武力行使を目的としない平和的活動以外に、国外に派兵することは認めない(ただし自衛のための武器を所持することは認める)

「憲法が改正されたら徴兵制が復活して戦争国家になる」などと言っている人がいるが、ナンセンスだ。むしろ、憲法を改正しないでこのままの拡大解釈容認体制を放置した方がその可能性は高いと言えるだろう。徴兵制や核保有などを認めないと明記した憲法に改正すれば、その恐れは完全になくなる。「改正する」「改正しない」の単純な二元論ではなくて、どのような憲法にすべきかを、国民一人一人が真剣に考える手間を惜しんではならない。

*憲法には「自衛権」を認めた記載はないが、13条、「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」の中で自衛権は正当化できるという解釈が一般的。しかしこれはなんとか自衛隊が合憲だという根拠を見つけ出すためのこじつけの憲法解釈である。

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2016年6月18日 (土)

「愛国心」を悪い言葉として扱うのはもうやめにしないか

「国旗」「国歌」「愛国心」というようなものが、戦後70年たっても、いまだに軍国主義と結び付けられるために、これらを素直に認めることができない国であることを、自分は悲しいことだと思う。

自分は小学生の時にアメリカに移住してびっくりしたのが、毎朝授業が始まる前に、全生徒が起立して、各教室に必ず置いてある大きな国旗に向かって胸に手を当てて、Pledge of Allegianceという、国家への忠誠の誓いを唱えるのだ:

”I pledge allegiance to the Flag of the United States of America, and to the Republic for which it stands, one Nation under God, indivisible, with liberty and justice for all.”

「私はアメリカ合衆国国旗と、それが象徴する、万民のための自由と正義を備えた、神の下の分割すべからざる一国家である共和国に、忠誠を誓います」

法律的には強制ではないし、批判が全くないわけではないらしい。しかし、ほとんどの場合、どんな人種でも、政治的・宗教的信念を持っている人でも、すべての人が何の疑問もなくこれを唱えるのだ。学校だけでなく議会や多くの公的会議の場でも同様。でも教室に国旗を掲げることすらままならない日本で、こんなことをやろうとしたら日教組を始めマスコミは大反対するだろう。

「国への忠誠」とか「愛国心」とかは、「その時の政権への忠誠や支持」ではなくて、「国の根源にある理念や理想への忠誠」と、「国土と国民と文化への愛」のはずだ。しかし、「今の日本は愛せない」などと言ってその時の国の状態との区別がつかない人や、意図的にその時の政権や政策の支持と混同させて「愛国心」とはあたかも悪い言葉であるように仕向けようという誤った風潮を感じる。

ほとんどの国では、左翼だろうが右翼だろうが誰もが国旗掲揚するし国家斉唱をする。君が代の歌詞が天皇崇拝だとか、そういう問題じゃないだろうと思う。日本という「国を愛する」という心が根底になければ、右だろうが左だろうがどんな理屈や政策を訴えても価値はない。「愛国心」があたかも悪い言葉のように扱われる国に、明るい未来はない。

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2016年6月 7日 (火)

舛添問題に思う

舛添都知事の問題に関して、舛添氏を弁護する意図ではなく、マスコミからは語られない視点で書いてみようと思う。

今回の弁護士の見解では、「不適切な点はいくつかあるが、違法性はない」ということ。その法律的見解が正しいという前提で話しをすると、これだけのことをやっても違法性がないということが最大の問題だと思う。つまり、舛添氏の感覚が国民とズレているというよりは、法律が国民の感覚とズレているのだ。

政治資金規正法は、主として資金の入りの方を規制していて、支出に関してはザル法なのだ。例えば国会議員に毎月100万円支給される「文書通信交通滞在費」には領収書も報告義務もないし、政党助成金を受けている政党から議員個人に支給された寄付金にも報告義務はない。どれも元は我々の税金にも関わらず、それで高級車を買おうが豪遊しようが「合法」なのだ。

知事の資質が疑問視されているけれど、そもそも正直に回転ずしに行ったとか絵画やクレヨンしんちゃんを買ったとまで申告していたからこそ今回の問題は発覚したわけで、むしろ馬鹿正直と言えるのではないか。それが違法だという意識があったら隠していただろう。

これ以上舛添氏を責め立てても、何も生まれないし政治と金の問題はなくならない。これに近いことをやっている政治家はいくらでもいるはずだ。彼らはむしろ、違法性がないことがはっきりしてほっとしているのではないだろうか。追及すべきなのは舛添氏というよりは法律だ。

もう一つマスコミが語らないこと。舛添氏が辞任すべきだという政治家やメディアも多いが、都知事選挙を行うといくらお金がかかるか知った上で言っているのか。50億円だ。舛添氏が無駄遣いしたとされている税金とは桁違いの金額だ。新しい知事以外、何も生まない、全く非生産的な費用だ。ましてや、もし舛添氏が再当選でもしようものなら、50億円をドブに捨てたことになる。

それだけお金をかけて新しい知事を選んだとして、その人が舛添氏より有能で聖人である保証はどこにもない。そもそも日本で政治家になろうなどと思う人が聖人であるはずがなかろう。

仮に最初はそうであっても、権力を握り、いかに政治資金規正法がザル法であるかを知ってしまったら、やはり堕落してしまうというのが実態だ。あの杉村太蔵が初当選した時に、こんなに美味しい仕事はないとかBMWを買っちゃおうかと言って大ひんしゅくを買ったが、あれが普通の人が政治家になった時の正直な感想なのだ。

だから話しは元に戻って、問題にすべきなのは政治資金規正法なのだ。政治資金が本当に国民のための政治活動に使われているという証明を、一般の事業主が税申告の際に必要とされると同じレベルの支出の報告と領収書の提示を要求し、さらには収支報告書には公認会計士または税理士の監査を義務付けるだけでも、この種の問題はなくせるはずだ。

政治と金を問題をなくしたいのならば、マスコミは個別の不祥事が起きるたびに芸能スキャンダルのように扱うのではなく、もっと法制度の改革を声高に叫ぶべきだと思う。

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2015年6月 5日 (金)

これ以上の憲法の拡大解釈を止めるためにも、憲法改正は必要だ

安保法案と集団的自衛権が大きな議論になっている。今日は、与党が指名した憲法学者までが、集団的自衛権は違憲だと断言して物議を醸している。

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まあまともに憲法9条を読んだら、

「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」

と書いてあるのだから自衛隊自体が違憲なのだけれど、もはやすべての人が自衛隊は自衛のための組織で戦争のための「戦力」ではないから合憲だという詭弁とまやかしを信じて黙認している(昔の護憲派は、「自衛隊は違憲だから廃止すべき」と大真面目に言っていたけれど、今はそんなことを言っても誰にも支持されないので影を潜めている)。

自衛隊の存在を認めていること自体が憲法の拡大解釈なのだが、集団的自衛権はいくらなんでも拡大解釈が過ぎると今回の憲法学者は言っているわけだ。

しかし、憲法学者が何を言おうが、マスコミが何を言おうが、国民の大半が反対しようが、先の選挙で国民は自民党に圧倒的多数の議席を与えてしまったので、この法案は通るかもしれない。そうなったら憲法改正の必要もなく、安倍総理の思う通りになる。その責任は、自民党に投票した人と、投票に行かなかった人にある。

集団的自衛権で一番危険なのは、その具体的な行使の方法が不明確なことで、実際にはなしくずし的にどうにでも拡大解釈できてしまうことだ。それに、国内ですらその具体的運用の境界線が難解すぎてわからないのだから、紛争国から見たら、「後方支援」だとか「最低限の武力行使」なんてしちめんどくさい定義なんてわからないから、「日本軍が攻めて来た」と解釈されても仕方ないだろう。そのこと自体が、日本が国際紛争に巻き込まれ、標的にされるリスクを上げることになるのは間違いない。

そうならないために、自分は、自衛のための「陸海空軍の戦力」を持つことは明確に合憲とした上で、「自衛権」の中に含まれることと含まれないことの定義をはっきりさせるために憲法を改正するべきだと思っている。もちろん、徴兵制や核兵器を持つことは明確に認めない。自国領土が攻められる状況になった場合は、武力行使は認められるべきだが、同盟国と同調して武力をもって海外に派兵することは、明らかに自衛の範囲を超えていると思う。

しかし、世の中は思考停止型の護憲派と、タカ派の改憲論者に二分されているので、残念ながらこのような冷静な正論はもはや通らないだろう。

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2014年11月24日 (月)

マスコミは絶対に書けない、支持する政党や候補者がいない場合の投票方法

今回の衆議院選挙において、あなたのタイプによって3つの投票方法があります:

1)もしあなたが自民・公明の連立与党を支持しているなら:
小選挙区:自民党または公明党の候補者に投票
比例代表:自民党または公明党に投票

2)もしあなたに支持している野党があるならば:
小選挙区:もしあなたの選挙区にその支持政党の候補者がいるならば、その候補者に投票。もしあなたの選挙区に支持している野党の候補者がいない場合は、3)へ。
比例代表:支持政党に投票

3)もしあなたが自民・公明の連立与党は支持していないけれど、特に支持している野党や候補者もいないならば:
小選挙区:自民・公明以外で、最も票を集めそうな候補者に投票。その際、その候補者の政党や人物や好き嫌いは、一切考慮しないで目をつぶって投票すること。
比例代表:消去法でいいから、あえて言えば一番違和感のない政党に投票

この3番目に当てはまる人が一番多いのではないでしょうか。
その場合、特に重要なのがここに書いてある小選挙区での投票方法です。

何度も引用している2年前の選挙の記事を読んでいただければわかるのですが、小選挙区というものは、トップの候補者1名だけが当選する、Winner Takes All、一人勝ちの勝負なのです。だから、トップ当選以外は、何の意味もないのです。2位以下の候補者へ投じられた票は、「死票」となってしまうのです。前回の選挙ではなんと総投票数の56%、3700万人の投票行動が、無駄になってしまったのです。

厳しい言い方をすると、落選した弱小政党・弱小候補者に投じられた票は、その政党や候補者を積極的に支持しているならともかく、選挙結果上は全く無意味なのです。だから、現在のように政党が一強多弱の状況では、積極的に支持している政党や候補者がいないならば、適当に投票するのではなく、最も与党の対抗軸としてトップ当選する可能性のある候補者に投票すべきなのです。

この大政党に圧倒的に有利な小選挙区制の仕組みのおかげで、前回の衆議院選挙では、自民党は35%しか得票していないのに、69%の議席を獲得することができたのです。自民党は過半数の票を集めたのではなく、野党が乱立して票が分散されたために、ほとんどの選挙区で相対的に競り勝っただけなのです。

今回の選挙でも、放っておけば同じことがおきます。投票率が低いと、多くの候補者を立てることができて、組織票と支持基盤が大きい自民・公明の連立与党に圧倒的に有利になります。投票に行かない、ということは思考放棄であり、選挙結果を無条件に信任するということです。後で文句を言う資格はありません。だから、支持する政党や候補者がいなくても、投票に行きましょう。

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2014年11月20日 (木)

自民党が1/3の票しか得ていなくても、2/3の議席を得られる理由

2年前の総選挙で、自民党は480議席中、69%にあたる294議席を獲得して圧勝した。この事実だけを見たら、国民の7割近くが自民党を支持したと思っても無理はない。

しかし事実は全く異なる。実は、自民党は全投票者の35%、全有権者の20%の票しか獲得していない。裏返して言うと、投票者の2/3は自民党以外の政党や候補者に投票したにも関わらず、自民党は7割近くの議席を獲得できたのだ。そんな馬鹿なことがあるはずがない、と常識では思うだろう。しかし現実だ。

詳しくはこの2年前の総選挙後の記事を読んでいただければわかるけれど、これには大政党に圧倒的に有利な日本の選挙制度のカラクリがある。このことがきちんと理解されて野党の乱立状態と選挙制度が是正されないと、また同じことが繰り返されるだろう。

安倍総理がこの時期に衆議院を解散したのは、維新の会やみんなの党が解体され、2年前よりもさらに野党の数が増えて強力な対抗軸がない、今が選挙を行うベストタイミングだと目論んだからに他ならない。

野党は、小異は捨てて合併しなくければ衆参で過半数を持つ自民党の対抗軸にない得ないのに、前回の選挙から2年もあったのに、相も変わらずわずかな政策や路線や人間関係の好き嫌いに固執して弱小政党を乱立させている。それが自民党の思うツボだということにいい加減気付けと言いたい。

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2014年10月18日 (土)

小渕問題に見る、有権者の意識の問題

久しぶりにブログを書き出したらオピニオンモードに入ってしまいました。

さて、今世間を騒がせている小渕優子経産大臣の政治資金の問題についてマスコミとは違う視点で書いてみたいと思います。

最も金額が大きくて、公職選挙法違反にも当たる可能性があるとされているのは、後援会を明治座の観劇に招待したという問題。

公職選挙法では、選挙運動期間中かどうかに関係なく、選挙での当選を目的として、有権者や選挙運動員に対して、お金や品物を渡したり、食事やお酒をごちそうしたり、旅行や芝居・演劇・コンサート等に招待したりすることは禁止されており、違反すれば買収罪にあたります。

さらに、これは提供をした側だけでなく、提供を受けた側も、同じように罪に問われます。公職選挙法221条4項では「供与、供応接待を受け若しくは要求し」た者も、同じく3年以下の懲役・禁錮若しくは50万円以下の罰金に処するとされています。有権者も、「知らなかったではすまされない」のです。

私がここで問題にしたいのは、後者の受け取る側の問題です。参加者から徴収している参加費の約4倍の費用を支払っているので、全員から実費の1/4しか請求していないか、ほとんどの人は無料で招待されているかのどちらかだけど、12,000円を支払ったと言っている参加者がいるところを見ると、おそらく後者ではないでしょうか。いずれにしても、そこに何の疑問も感じることなく、「ごっつあんです」と接待を受ける有権者の意識の低さが問題なのです。

こういう問題が起きると政治家の責任ばかりが問われますが、贈り物や接待が当たり前だと思う有権者の意識も変えないと、政治の金の問題はなくならないでしょう。政治家を腐らせるのも、有権者に責任があるのです。

だから、もし小渕大臣が公職選挙法違反に問われることになったら、この観劇に利益供与を受けて参加した有権者に対しても、「3年以下の懲役・禁錮若しくは50万円以下の罰金」を課してほしいと思います。

バス26台で約1,000人の参加者がいたらしいから、もしその3/4が無料で招待されていたとしとしたら、750人という大人数が逮捕されることになります。もしそうならなかったら、告発しましょう。

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