カテゴリー「!政治」の30件の記事

2018年7月21日 (土)

野党がまともにならければ日本の政治は良くならない

不毛な国会の会期が終わった。
日本の政治を見ていると絶望感しか感じない。

与党も決して褒められたものではないけれど、一番悪いのは野党だと思っている。国政や法案の審議ではなく、不祥事の追及ばかりに国会審議の時間を費やした挙句、法案には審議拒否・審議妨害をし、「十分な議論がなされていない」「強行採決」だと負け犬の遠吠えをする。まるで駄々っ子だ。審議が十分になされていないとしたらそれはお前たちの責任だ。

そして挙句の果てには通るはずのない内閣不信任案を提出してさらに時間と税金の無駄遣いをする。そんな悪あがきのアピールを、国民が評価すると思っているとしたら枝野も玉木も頭が悪すぎる。もう国民はこういう茶番と泥仕合に辟易としているのがわからないのか。

民主主義の原則は多数決なのに、自分たちが国民の支持を得られない不甲斐なさを棚に上げて「数の暴力」と言う。「安倍政権を倒す」ことだけを目標にしている野党は、倒した先にどういう未来を描いているのか、全く見えないから支持されないのだ。野党は所詮「解体屋」であって、解体屋に建築は任せられない。

野党は与党の出す法案に対してことごとくダメだダメだと言う。働き方改革は過労死が激増する、カシノ法案はギャンブル依存症が増えると言うけれど、それは反対するために決めつけた結論であって、「なるほどな」と思える論理的な根拠も裏付けもないし、ましてや代案など聞いたこともない。野党の方が与党よりも頭が良くて誠実だという説得力がまるでないから、国民は与党と野党のどっちを信じるかと言われたら与党を信じるしかないのだ。

もし、どこかの野党が、「我が党は国会で一切不祥事の追及はしません。国政の提案と議論しかません。」と宣言する政党がいたら、自分は支持するし、あっという間に野党第一党になれるだろう。

国会がその本来の目的である、「国政」を建設的に議論する場になるためには、野党が、国民が「なるほど、ごもっとも」と納得するような、与党がぐうの音も出ないような政策の提案や議論をするしかない。そうならない限り、野党の票が増えることはない。今のような「批判はすれど提案はしない」というような野党に、誰も政権を預けようとは思わない。

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2018年6月23日 (土)

沖縄全戦没者追悼式での中3の少女の朗読に圧倒された

今日行われた沖縄全戦没者追悼式で、沖縄県平和祈念資料館主催「児童・生徒の平和メッセージ」詩の部門で971人中最優秀賞を受賞した「生きる」を朗読した中学3年生の相良倫子という女の子に魂を揺さぶられた。彼女の後にスピーチをした安倍総理がちっぽけに見えて気の毒だったほど。

「もう二度と過去を未来にしないこと」
「戦力という愚かな力を持つことで得られる平和など本当はない」
「未来は、この瞬間の延長線上にある。つまり、未来は今なんだ。」
「鎮魂歌よ届け、悲しみの過去に。命よ響け、生き行く未来に。」

その文章が、郷土への愛と未来志向の平和への決意に溢れた重厚で素晴らしかったものであったことはもちろん、約7分の朗読の間、一切原稿を見ず、会場全体をしっかりと見渡し、力強く話す姿は聴衆を圧倒し、感動に包んだ。なんという説得力だろう。

こういう語りは、100%確信を持った自分の心からの言葉でなければ絶対にできない。日本の政治家の言葉が心に響かないのは、官僚が用意した文章を読み上げているだけだからだ。

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2018年6月13日 (水)

米朝会談は北朝鮮の思うつぼになった

米朝会談でどちらかが得をしたかと言えば間違いなく北朝鮮だ。元々北朝鮮は核を使うのは本気ではなく、国内の威信を保ち、他国に恐れられるのが目的のbluff(はったり)だったわけだから、譲歩しても実質的な損失はない。大した資源も技術も産業もない北朝鮮など核がなかったら誰も相手にしないから、核は大国と対等に渡り合うための道具だった。

むしろ、制裁で経済が逼迫している状態で、これまで国家プロジェクトとして掲げてきた核開発に金を使うことを威信を失わずに堂々とやめる口実を得られたと同時に、アメリカと対等に交渉して国のステータスを上げて自分の身分と国の安全を保障してくれたという成果を上げることができて一石二鳥三鳥だ。アメリカが対等に扱ってくれてその脅威がなくなって、あわよくば経済援助までしてもらえるならばもう核は要らない訳だ。これこそが、そもそも金正恩が核開発で狙っていたことなのではないのかとさえ思う。敵は一枚も二枚も上手だ。

トランプにとって唯一の成果は、「北朝鮮と友好関係を築けた」という印象を与えることくらいだ(関係が悪化した原因の半分はトランプにあることはさておき)。しかしその代償は大きい。世界で最も国民を弾圧している非人道的な独裁国家の元首を、「とても有能で、国民を愛している」などと持ち上げたのは、卑屈という他ない。これまでアメリカが一貫して追及してきた人権運動をすべて否定するような発言だ。

共同声明には、核軍縮の方法や日程や査察などの具体的な記載は一切なく、「いつかやるよ」という限りなく口約束に近い。だから、「やっぱり秘密裏に核開発を続けているのではないか」という疑心暗鬼は消えない。それがある限り、北朝鮮は常に交渉有利な状態を保てるから、すんなり全てを公開することはないだろう。

拉致問題に関しても一切記載はない。そんな程度の共同声明でも、「もし履行されなくても、責めるようなことはしたくない」などと記者会見で口走る始末。トランプは、一見馬鹿に見えるけれど、いくらなんでもそこまで馬鹿な人間が大統領になれるはずがない、実はしたたかなのではないかというかすかな希望があったけれど、やっぱりこの男は単細胞だった。

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2018年3月10日 (土)

森友問題を簡単な例え話にすると

たったの265文字で森友学園問題を例え話にしてみる:

銀行の頭取夫人がある地方の学校の名誉校長をしていた。

その学校が地方の支店に融資の申し込みをした。支店の融資課長と支店長は頭取から指示されたわけではないけれど、学校側はさかんに頭取夫人が名誉校長であることをアピールするので、支店は便宜を図った方がいいと判断し、有利な条件で融資を実行した。これがいわゆる忖度というやつだ。

ところが、その後学校のずさんな経営が原因で倒産し、融資が焦げ付いてしまった。これが不正融資ではないかと問題になると、本店は融資そのもの指示はしていなかったものの、頭取を守ろうとして様々な隠ぺい工作をしてしまった。

簡単に言うとこういうことだと思う。官邸や政府は有利な条件で土地を売却しろと指示した訳でもないし、ましてや賄賂を受け取ったわけでもないからそこに違法性はない。売却金額の妥当性には議論があるけれど、違法性があるとしたら売却のやりとりの事実に関して嘘や隠蔽工作があったことだ。

野党とマスコミは、隠蔽があったということは、売却価格に関して官邸や政府の指示があったからだろうという論理を展開しているが、そこには必ずしも因果関係はない。だから問題の本質は、地方の財務局で起きた忖度の事実を、財務省が隠そうとしたことなのだ。

そもそもこの問題が起きた原因を考えると、夫人が名誉校長を務めていたことだ。だから、もし安部総理に責任があるとすれば、あんな胡散臭い人間が経営する、教育勅語を子供に唱えさせるような時代錯誤の学校を夫人が公に支持し、広告塔になっていたことを容認していたことだ。

ファーストレディは、決して「私人」などではない。「内閣総理大臣夫人」という「肩書き」で活動していたわけだから。だから、この問題で一番責任があるのは、自分にすり寄ってくる詐欺師のような人間を見分ける目がなく、うまく祭り上げられて利用された安倍昭恵夫人だと自分は思っている。ついに自殺者まで出してしまったことに対して、彼女は責任を感じているのだろうか。

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2017年10月26日 (木)

議席数ではなく得票数を見ないと政党支持率は見えてこない

まず報道から受ける印象とは真逆のショッキングな事実を先に言おう:

  • 今回の選挙で自民党を積極的に支持したのは、投票した人の4割、全有権者の2割に過ぎない
  • 立憲民主党よりも希望の党に投票した人の方が1.3倍も多く、希望の党は野党で最も多い2100万票を集めた

今回の衆議院選挙で、自民党は465議席の過半数となる61.1%の284議席を獲得した。選挙制度の仕組みをよく知らないと、これで自民党は有権者の過半数の支持を得たと思うかもしれないが、事実は全く違う。議席数や議席の獲得率だけを見ていると国民がどの政党を支持したかの真の姿が見えてこないため、マスコミは作らないのでこのように議席数と得票数を並べて比較した表を作ってみた。

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自民党の61.1%の議席獲得率に対して得票数は何%だったかと言うと、半分にも遠く及ばない41.0%。これに53.68%の投票率を掛けると、自民党に投票した人は、全有権者のわずか1/5程度の22.0%。つまり自民党は、単独過半数の議席を獲得したけれど、自民党を積極的に支持したのは、投票した人の4割、全有権者では2割、つまり5人に1人だけということになる。この政党が、これからの日本の政治を司っていくということを、自民党議員も国民もしっかりと覚えておいてほしい。

これを小選挙区と比例代表で細かく見ていこう。

小選挙区では、自民党はなんと3/4を超える75.45%の議席を獲得して圧勝したけれど、得票率は1/2以下の48.2%。なぜこのような大きな乖離が起きるかと言うと、小選挙区は、Winner Takes All、つまり相対的に競り勝って最も多く票を集めた候補者1名だけが当選するからなのだ。2位以下に投じられた票は「死票」となって、その得票は全く無駄になってしまうから、小選挙区では僅差で負けるのが一番痛い。つまり自民党は、永年の経験で選挙戦を知り尽くしているため、多くの選挙区で「負け戦」をせず、勝った場合は僅差でも、負けた場合は僅差で負けることが少なかったため、得票がそのまま議席につながった選挙区が圧倒的に多かったわけだ。

立憲民主党は希望の党よりも5議席多く獲得したから、立憲民主党の方が多くの有権者の支持を得たと思いがちだけれど、これも違う。どちらの党も小選挙区では18議席だから拮抗していたように見えるけれど、得票数を見ると希望の党は立憲民主党の2.4倍の票を獲得している。これが何を意味しているかと言うと、希望の党は新党だから選挙戦に長けていなかったため多くの選挙区で僅差で競り負けて、希望の党に入れられた票の多くが死票になってしまったことに対して、立憲民主党はより効率的な選挙をしたということになる。

比例代表では立憲民主党の方が希望の党を上回ったけれど、合計得票数は希望の党の方が多い。つまり、議席の数で立憲民主党は野党第一党になったけれど、得票数で言えば希望の党の方が「野党で最も票を集めた党」で、その合計2100万票という数は立憲民主党の1600万票の1.3倍も多く、自民党の4500万票の半分近いのだ。マスコミは希望の党が惨敗してもう終わりみたいな報道しかしないけれど、こういう視点では誰も報道しない。

比例代表は政党の得票に応じて議席数が決まり、死票がほとんど発生しないから、より議席数と得票率が近くなる。ここでは比例代表では自民党は議席の37.5%を獲得したが、得票率は33.7%。つまり、投票した有権者の約1/3が自民党に入れたので、これが自民党の真の支持率に近いと言えるだろう。

もちろん、選挙は勝って議席を獲得しなければ意味がない。だけれども、議席数と得票数(=支持)との間には大きな乖離があるから、議席数の大勝は必ずしも圧倒的な支持を意味しないし、逆に議席数で「大敗」とされていても、多くの有権者の票を集めていることもあるということを理解しておく必要がある。

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2017年10月18日 (水)

「希望の党」が「失望の党」になった原因

今回の選挙は、結局安倍総理がこのタイミングで解散総選挙をした狙い通りになりそうだ。民進党への支持が低迷していて、小池新党が立ち上がる前に選挙をすれば、当分自公政権は安泰だという狙いが。

「希望の党」が「失望の党」になったことは本当に残念だ。

その最大の原因は、小池さんが「政権選択選挙」という言葉を使ってしまったことだ。政権を取るつもりならば首相となる党首の自分が出馬しないのはおかしい。でも出馬したら豊洲問題やオリンピックを途中で投げ出してしまうのか、というしごく当たり前の矛盾に対して、ギリギリまで明快に答えを出さなかったことが大きな間違いだ。このオウンゴールに、マスコミが追い打ちをかけた。

結党当初の注目と期待はすごかったけれど、たったの数週間で政権交代ができるだけの公約や候補者をきちんと吟味して整えられるかというのは別問題。本来、政権交代は何年もかけて着実に経験と実績を重ねて準備してやっとできることなのに、いきなりそれをめざすというのはあまりにも無謀だった。

だから、小池さんは「政権交代への第一歩として二大政党制をめざす」と言うべきだった。まずは野党第一党になり、その次の選挙で政権交代をめざすと最初から言っておけば、首相候補を出す必要がないから自分も出馬する必要がなかった。自分は都知事として大阪・名古屋の首長と足並みを揃えて、地方自治と国政の連携を取っていくと言えば、何の矛盾もなくきれいにストーリーが成立したのに。政権交代をめざさないのであれば、もっと候補者も厳選できてポンコツ議員は排除できたはずだ。

しかし今回の選挙で一つ大きな成果があったとしたら、政権を倒すことを唯一の目的とし、一体保守なのかリベラルなのか、倒した後でどういう国づくりをめざすのかさっぱりわからない最大野党の民進党が解体したことだ。そのおかげで、自民・公明の与党と、非自民保守の希望・維新と、反自民リベラルの共産・立憲民主という三つの明確な軸ができた。これからは、国民はどの方向性を支持するかを判断しやすくなる。そのことは、日本の政治に歴史的ないい流れを作ったと思う。

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2017年10月 2日 (月)

「立憲主義」のまやかし

枝野新党は「立憲民主党」という名称になった。今、「立憲主義」と言われているのは本当の意味での立憲主義、つまり憲法によって政治権力が制限されるということではなくて、単に憲法改正反対を別の言葉で言い換えているだけだ。

憲法9条には「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と明記されているのだから、厳格に立憲主義を貫くのであれば、自衛隊は解体して日本は非武装にならなければならない。昔は大真面目にそう主張する学者や政党も多かったけれど、非武装中立を掲げた社会党は消滅し、最近では共産党も社民党もあからさまに自衛隊の存在は否定しなくなった。

では現在どういうロジックで自衛隊が正当化されているのかと言うと、野党やマスコミを含めて、「憲法は自衛権までも否定はしていない。自衛のための必要最小限度の武力保持は、9条の例外として許容される」という、憲法のどこにも書いていない詭弁とこじつけを信じることにして黙認しているのだ。

つまり、「自衛隊は必要だし、今さら解体することは現実的ではないから、いいことにしようよ」と現状に合わせて「都合のいいように憲法を解釈」しているのだ。自衛隊を容認している時点で、すでに立憲主義は破綻しているのだ。だから、自衛隊を容認していることと、安保法案が合憲だというロジックは、全く同じなのだ。

このように現状に合わせて都合のいい解釈をしたり、例外を許容したりするゆるさこそが、今の憲法の危うさなのだ。だから、そのような曖昧さをなくして、何が許され、何が許されないのかを定義するために憲法は改正しなければならない。つまり立憲主義と憲法改正は矛盾しないどころか、むしろ立憲主義を貫くためには憲法改正は必要なのだ

・自衛権を明確に定め、自衛隊は戦力として認めるべきではないのか
・自衛のための先制攻撃は許されるのか(今の航空自衛隊は、領空侵犯されても先に撃たれない限り攻撃もできない。隊員に死ねと言っているようなものだ。)
・日米安保条約を含めた集団的自衛権はどこまで認めるのか
・核兵器を「持たず、作らず、持ち込ませず」という非核三原則のうち、「持たず、作らず」はともかく、「持ち込ませず」は堅持するのか。日本がアメリカの「核の傘」の下にあることは容認するのに、「持ち込ませず」と言うのは矛盾しているのではないのか。そもそも非核三原則は、「自分たちの手は汚さない」という卑怯な方針で、「日本の領土外から発射する分にはいい」などという偽善的な姿勢はもはや国際的にも軍事戦略的にも通用しない。米国の核を地理的に北朝鮮に近いところに配備することは必要ではないのか。

立憲主義は、憲法をそのように国民が合意したあるべき姿に改正した上で追求すべきなのであって、ただ今のままの憲法をやみくもに守る、ということではないはずだ。

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2017年8月 5日 (土)

報道に「反応」するのではなく、もっと自分の頭で考えようよ

昨夜放送されていた池上彰スペシャルで、自衛隊と憲法の関係について、池上氏自身の考えを聞かれた時に氏が言ったことが印象的だった。

曰く、自分は、国民ひとりひとりが自分で考えてもらう材料を提供するためにこの番組をやっている。自分の考えはあるけれど、それを言ってしまったら、みんなが「池上が言っていることに従おう」となって思考停止になってしまうことが一番危険だからそれは言わない。

どちらか一方の立場を取って政治利用されるのも嫌なのだと思う。評論家であれば自分の意見を言うことは当然だとは思うけれど、彼は日本のジャーナリストの中では、自分の考えを主張するよりは、国民の知識と意識を底上げしようという独特のスタンスと大きな影響力を持っているから、これはこれで正しいと思う。大体、日本人は自分の頭で考えないで、マスコミの言っていることを鵜呑みにする思考停止した人が多すぎる。

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2017年8月 1日 (火)

野党は内閣不信任案よりは議員立法を

野党は絶対に可決するはずのない内閣不信任案を出すよりは、ぐうの音も出ないくらい説得力のある議員立法を出すべきだ。それを与党が否決したら批判は与党に集中するのだから。

でもまあそんな高度な政策立案は無理だとしても、政策批判も逆提案もできないものだから、結局、政策とは関係のない疑惑や失言の追及という人物批判ばかりで国会の時間を浪費したり審議拒否したりする。それで肝心の政策を議論する時間がなくなると、「議論が不十分だ、強行採決だ」と言う。まるで駄々っ子だ。

そうすることしか意識と能力がないものだから、マスコミと一緒になっていくら与党を叩いたところで、「こいつらに政権を任せられる」とは思われないのだ。

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2017年7月31日 (月)

森友学園問題に関する総理個人の責任とは

森友学園問題に関して総理に非があったとすれば、夫人がこんなクズみたいなペテン師の広告塔になっていたことを容認していたということだ。大体、教育勅語を園児に暗唱させるような幼稚園の名誉校長になること自体があまりに不見識だ。総理は自分は関知していなかったとか、ファーストレディが「私人」だなどという言い訳は通用しない。

閣僚の選任もそうだけれど、安倍総理の最大の欠点は、人を見る目がなくて、自分にすり寄ってくる人なら誰でも大事にしてしまうことだ。トランプも全く同じ。

これまで自分が関わってきた多くの経営者もそうだけれど、自分の周りをイエスマンで固める人は、偉ぶっていても自分に自信がないのだ。そして、そんなイエスマンは大抵、世渡りが上手いだけで志も能力も低い人間だから会社は段々とダメになっていく。本当に器が大きい指導者は、「殿、ご乱心」と苦言を呈してくれる人を大事にするものだ。

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