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2016年6月18日 (土)

「愛国心」を悪い言葉として扱うのはもうやめにしないか

「国旗」「国歌」「愛国心」というようなものが、戦後70年たっても、いまだに軍国主義と結び付けられるために、これらを素直に認めることができない国であることを、自分は悲しいことだと思う。

自分は小学生の時にアメリカに移住してびっくりしたのが、毎朝授業が始まる前に、全生徒が起立して、各教室に必ず置いてある大きな国旗に向かって胸に手を当てて、Pledge of Allegianceという、国家への忠誠の誓いを唱えるのだ:

”I pledge allegiance to the Flag of the United States of America, and to the Republic for which it stands, one Nation under God, indivisible, with liberty and justice for all.”

「私はアメリカ合衆国国旗と、それが象徴する、万民のための自由と正義を備えた、神の下の分割すべからざる一国家である共和国に、忠誠を誓います」

法律的には強制ではないし、批判が全くないわけではないらしい。しかし、ほとんどの場合、どんな人種でも、政治的・宗教的信念を持っている人でも、すべての人が何の疑問もなくこれを唱えるのだ。学校だけでなく議会や多くの公的会議の場でも同様。でも教室に国旗を掲げることすらままならない日本で、こんなことをやろうとしたら日教組を始めマスコミは大反対するだろう。

「国への忠誠」とか「愛国心」とかは、「その時の政権への忠誠や支持」ではなくて、「国の根源にある理念や理想への忠誠」と、「国土と国民と文化への愛」のはずだ。しかし、「今の日本は愛せない」などと言ってその時の国の状態との区別がつかない人や、意図的にその時の政権や政策の支持と混同させて「愛国心」とはあたかも悪い言葉であるように仕向けようという誤った風潮を感じる。

ほとんどの国では、左翼だろうが右翼だろうが誰もが国旗掲揚するし国家斉唱をする。君が代の歌詞が天皇崇拝だとか、そういう問題じゃないだろうと思う。日本という「国を愛する」という心が根底になければ、右だろうが左だろうがどんな理屈や政策を訴えても価値はない。「愛国心」があたかも悪い言葉のように扱われる国に、明るい未来はない。

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