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2016年6月 7日 (火)

舛添問題に思う

舛添都知事の問題に関して、舛添氏を弁護する意図ではなく、マスコミからは語られない視点で書いてみようと思う。

今回の弁護士の見解では、「不適切な点はいくつかあるが、違法性はない」ということ。その法律的見解が正しいという前提で話しをすると、これだけのことをやっても違法性がないということが最大の問題だと思う。つまり、舛添氏の感覚が国民とズレているというよりは、法律が国民の感覚とズレているのだ。

政治資金規正法は、主として資金の入りの方を規制していて、支出に関してはザル法なのだ。例えば国会議員に毎月100万円支給される「文書通信交通滞在費」には領収書も報告義務もないし、政党助成金を受けている政党から議員個人に支給された寄付金にも報告義務はない。どれも元は我々の税金にも関わらず、それで高級車を買おうが豪遊しようが「合法」なのだ。

知事の資質が疑問視されているけれど、そもそも正直に回転ずしに行ったとか絵画やクレヨンしんちゃんを買ったとまで申告していたからこそ今回の問題は発覚したわけで、むしろ馬鹿正直と言えるのではないか。それが違法だという意識があったら隠していただろう。

これ以上舛添氏を責め立てても、何も生まれないし政治と金の問題はなくならない。これに近いことをやっている政治家はいくらでもいるはずだ。彼らはむしろ、違法性がないことがはっきりしてほっとしているのではないだろうか。追及すべきなのは舛添氏というよりは法律だ。

もう一つマスコミが語らないこと。舛添氏が辞任すべきだという政治家やメディアも多いが、都知事選挙を行うといくらお金がかかるか知った上で言っているのか。50億円だ。舛添氏が無駄遣いしたとされている税金とは桁違いの金額だ。新しい知事以外、何も生まない、全く非生産的な費用だ。ましてや、もし舛添氏が再当選でもしようものなら、50億円をドブに捨てたことになる。

それだけお金をかけて新しい知事を選んだとして、その人が舛添氏より有能で聖人である保証はどこにもない。そもそも日本で政治家になろうなどと思う人が聖人であるはずがなかろう。

仮に最初はそうであっても、権力を握り、いかに政治資金規正法がザル法であるかを知ってしまったら、やはり堕落してしまうというのが実態だ。あの杉村太蔵が初当選した時に、こんなに美味しい仕事はないとかBMWを買っちゃおうかと言って大ひんしゅくを買ったが、あれが普通の人が政治家になった時の正直な感想なのだ。

だから話しは元に戻って、問題にすべきなのは政治資金規正法なのだ。政治資金が本当に国民のための政治活動に使われているという証明を、一般の事業主が税申告の際に必要とされると同じレベルの支出の報告と領収書の提示を要求し、さらには収支報告書には公認会計士または税理士の監査を義務付けるだけでも、この種の問題はなくせるはずだ。

政治と金を問題をなくしたいのならば、マスコミは個別の不祥事が起きるたびに芸能スキャンダルのように扱うのではなく、もっと法制度の改革を声高に叫ぶべきだと思う。

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