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2010年9月 8日 (水)

検察審査会経験者として小沢一郎氏の発言に思う

このブログには基本的には政治のような固いネタあまりは書くつもりはないのですが、今回だけは思うところがあるので発言させてもらいます。

100x333実は私は5年ほど前、検察審査会の審査員を務めていました。裁判員同様、有権者名簿からランダムに選ばれ、特別な理由がない限り、辞退はできません。ただし、事件単位で召集される裁判員とは異なり、任期は6ヶ月で、実に多くの数の事件を扱います。基本的には毎週一回の決まった曜日の朝10時から午後3時頃まで拘束されますので、審査員には相当な負担が強いられます。

検察審査会とは、検察が不起訴処分にした事件を、その不起訴にしたことが妥当かどうかを、一般国民の健全な良識から見て正しいかどうかを審議する仕組みです。

何故こんな仕組みが必要かと言うと、検察が起訴をしないと、そもそも裁判にすらならないので、有罪か無罪かを問う議論すら始まらず、実質的に検察が無罪判決を下したことと等しくなるからです。

日本では、警察から送検された事件が起訴される比率が6~7割と国際的に比較すると非常に低く、裁判になる前の段階で検察が独自の判断で裁判にかける事件をふるいにかけるというケースが多くなっています。これは、検察が「有罪率99%」という数字を達成するために、少しでも裁判に負ける可能性がある事案は、起訴しないという傾向があるからです。

ですから、検察が不起訴処分にしたことを不服とする人がいる場合の救済手段として検察審査会は存在し、誰でも検察審査会に対して審査の申し立てをすることができます。

検察審査会の役割は、有罪か無罪を議論することではなく、捜査や証拠は十分だったのか、その証拠で検察だけの判断で不起訴処分すなわち無罪放免にするという判断が正しかったのかを審議するだけです。単に事件を裁判の俎上に乗せるだけですから、仮に検察審査会の決議によって起訴された事案が結果的に無罪になったとしても、それは検察審査会が誤った判断を下したわけでもなく、ましてやその存在を否定する理由にもなりません。

検察審査会は「11人」とよく書かれますが、実際には20人いて、欠席者がいても議決が成立する定員の11人を割らないようになっています(審議には出席者全員加わりますが、最後の議決に投票できるのは11人です)。しかも、その20人は、まったく経験のない20人がいきなり審査を始めるのではなく、任期の6ヶ月のうち、経験者と新任が半分づつ重なった二つのグループによって形成されています。

たとえば、私の場合は11月から4月までの任期で、そのグループ(仮にAとします)には12人いました。11月に開始した時は、すでに8月から3ヶ月審査員を経験している8人(B)と組み合わせての20人で3ヶ月審査を行いました。そして1月一杯で(B)は抜け、2月からは新たに8人の新しいグループ(C)が加わるわけです。

さて、今回の本論ですが、小沢一郎氏は政治資金規正法違反で不起訴処分になり、それに対して審査申し立てを受けた検察審査会は今年4月に一度、「起訴相当」(=検察官の下した不起訴処分は不当であり、起訴して裁判にかけるべきだ)という最も厳しい決議を下しています。

ちなみに、「起訴相当」の決議を下すには11人の審査員のうち8人以上の同意が必要で、過去の決議のわずか1.5%と、めったにないことです。私自身の審査員をしていた経験でも、不起訴処分にしたことが、国民の一般的な良識からよほどかけ離れている場合でないと、それだけの数の審査員の同意が得られることはありません。

一回の起訴相当決議では強制力は持ちませんが、10月に行われると言われている再審査で検察審査会で起訴相当決議が出ると、今度は強制的に起訴処分となります。

私は証拠を見ているわけではありませんし、今回の政治資金規正法違反容疑に対して、小沢氏がシロかクロかを言うつもりもありませんし、次回の再審査で検察審査会がどのような決議を下すか、または下すべきかも言うつもりもありません。

しかし問題にしたいのは、小沢氏は、検察審査会の存在そのものを否定する発言をしていることです。曰く、

「強制力を持った捜査当局が調べて何もなかった。不起訴だということについて、一般の素人の人がそれをいいとか悪いとかいう今の検察審査会の仕組みが果たしていいのか」

「一般の素人」が審議を行うことこそが、検察審査会や裁判員制度の趣旨であり根幹です。それを問題にするのであれば、「素人」が判決と量刑までも決める裁判員制度に関して小沢氏はどう思っているのでしょうか。いずれにしても、一国の首相になろうとしている人間が、自分の党も賛成し国会で成立した法制度を、自分に都合が悪くなった途端に否定するということは甚だ自己中心的で独裁者と同じ発想であり、民主主義における政治家としての資質を問われるべきものです。

また、この発言は、「国民の義務」として忙しい仕事や生活の時間を削って検察審査会の任務に務めていたサラリーマンや自営業者や主婦など、延べ50万人の検察審査員を経験したすべての一般国民を侮辱する行為だと思います。

実は、私が審査員を務めていた時は、ITサービス会社の社長を務めていました。会社社長としての忙しい身で半年間の間、ほぼ毎週一回検察審査会に出席し、その失われた時間を埋め合わせるのは大変でした。

それでも審査会では私はオピニオンリーダー的な存在で、議決方法を改善したり、議決通知文をもっと血の通ったものにするよう最高裁判長に意見書を送るようなことも私の提案で行いました。そんなこともあって、事務局長の推薦でその当時まだ計画中だった裁判員制度についても東京弁護士会のパネルディスカッションに呼ばれたり、新聞の取材を受けたりもしました。私は検察審査会のために相当勉強もし、尽力しましたが、それを軽々しく「素人の戯言」のような言われ方をされたのではたまりません。

検察審査会に参加したおかげで、私自身の法律や司法制度に対する意識も格段に高まりました。それが、「一般の素人」が司法に参加する意義でもあると思います。

小沢氏が仮に今回の事件で法的にどれだけ正しいとしても、国のために尽くす一般国民の努力までも、その独裁者的「剛腕」で平気で踏みにじるような人物がこの国の首相になるようなことがあってはならないと思います。それでは日本は北朝鮮と同じになってしまいます。

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コメント

まったくその通りだと思います。

様々な意味で、安全装置として法的に必要だとされ、設置されたんですよね?

だとしたら、正式に法的機関であり、そこに所属する人々も一般とか専門とか関係なく、真摯に事にあたっているはずです。
僕ならそうするでしょうし、いい加減な気持ちで参加はしないと思います。

検察が調べて何も出ないから、OKでは、証拠隠滅した者勝ちになってしまいますよね。

今、民主党党首選挙でニュースの話題にならない日はないですが、どんなに指導力があって、どんなにコネクションがあっても、どんなに剛腕でも、日本国民を馬鹿にする様な人間をTOPにしたら、やりたい放題になるのではないでしょうか?

投稿: BB! | 2010年9月 9日 (木) 11:49

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